3月22日(木)  くもり

  詩仙堂・金福寺

今日は、バス停一乗寺下がり松で、

待ち合わせて詩仙堂に行く。

これは、「一乗寺下がり松の決闘」の松です。

碑もあったのですが、うまく写りませんでした。

 

此処で決闘があったかどうかは、???みたいです。

 

 

 

 

これが、詩仙堂の入り口。

徳川家康に仕えた、石川丈山が造営した。

丈山って、誰?

パンフレットによると、隷書、漢詩の大家であり、

また我が国における煎茶(文人茶)の開祖である。

 

 

教養のないものは、つらい。

教養のあるお二人が、詩仙堂に入るところです。

詩仙堂と呼ばれるが、正しくは凹凸窠(おうとつか)であり、詩仙堂はその一室である。

凹凸窠(おうとつか)とは、でこぼこした土地に建てた住居という意味

 

でこぼこを、うまく利用して綺麗なお庭でした。

すこし、見てください。

次に向かったのは、金福寺。

なんと、ありがたいお寺の名!

キンプク寺では、ないのです。

コンプク寺なのです。

でも、どちらでも目出度い!

 

ここは、開基 慈覚大師

そして 芭蕉・蕪村・村山たか女 ゆかりの寺

 

蕪村が再興した芭蕉庵があるのです。

そして蕪村のお墓と、弟子たちのお墓も。

弟子に囲まれて、蕪村の墓は幸せそうでした。

金福寺を、上から眺めた所。

梅が少し咲いていました。

お寺の中には、蕪村やたか女のゆかりの品がいっぱいありました。

 

ゆっくり出来たら良かったのですが、

でも「寝ころび禁止」だそうです。

 

 

 

蕪村の墓です。

菜の花が、ありました。

 

菜の花や月は東に日は西に

 

 

 

 

 

蕪村さん、クリスマスに亡くなっています。

 

江戸時代に、彫られた字がしっかり残っていますね。

お昼は、烏丸夷川の「おおたや」で

松花弁当でした。

その後、面白い句会をして、おひらき!!

 

今日は

角川ソフィア文庫『蕪村句集』の著者

玉城司先生を、お招きして特別な句会でした。

先生は、本当に素敵な紳士でした。

 

次々に、蕪村やら、万葉の歌などが、

口をついて出て来るのに、

私は、口をぽかんと開けていました

 \(◎o◎)/!